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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)1629号 判決 1980年2月29日

控訴人

溝口信次

右訴訟代理人

森賢昭

中島馨

被控訴人

永本哲士

右訴訟代理人

林義夫

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

<前略>

(控訴人の主張)

約束手形の裏書人に対する遡求権を保全するためには、必ず適法な支払呈示をしておかなければならないが、その場合の適法な支払呈示とは、呈示期間内に、手形要件を具備しかつ裏書の連続した手形を呈示することにほかならない。けだし、裏書の連続していないような形式不備の手形を支払のために呈示した所持人に対し遡求権を保全する必要はないし、また、このような手形の呈示によつても遡求権が保全されるとするならば、呈示期間内に振出人によつて支払がなされることへの裏書人の期待が害される結果となるからである。ところが被控訴人は、裏書の連続の欠けた本件手形を支払のため呈示したのであるから、結局、適法な支払呈示がなかつたことになり、支払呈示期間の経過とともに、裏書人である控訴人に対する遡求権も消滅するにいたつたものである。

(被控訴人の反論)

裏書の連続が欠けた手形といえども、所持人が実質的に権利移転があつたことを証明しさえすれば、裏書断絶部分が架橋されて権利行使が可能となるのであり、本件手形も、支払呈示の際に裏書断絶部分の実質的権利移転が証明されていたのであるから、その支払呈示は適法であつて、裏書人である控訴人に対する遡求権もこれによつて保全されたものというべきである。

理由

一被控訴人が本件手形の所持人であること、訴外(第一審被告)溝口徹が本件手形を昭和商事宛に振出し、控訴人が拒絶証書作成義務を免除して本件手形に裏書したこと、被控訴人が満期に本件手形を支払場所に呈示したがその支払を拒絶されたことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、「昭和商事」は金融業者である訴外古川健治の商号であることが認められるので、本件手形の受取人欄の「昭和商事」の記載と第一裏書人欄の「溝口信次」(控訴人)の記載との間には表示上も実質上も同一性はなく、本件手形はその部分において裏書の連続の欠けた手形であることが明らかである。

二しかるところ控訴人は、被控訴人は裏書の連続の欠けた手形である本件手形を支払のため呈示したにすぎないから、その支払呈示は不適法であつて裏書人である控訴人に対する遡求権を保全するに足るものではないと主張するので考えるに、手形の所持人が裏書人に対する遡求権を保全するには、支払呈示期間内に支払をなすべき者に対し、手形を適法に呈示しておかなければならないことはいうまでもないところ、手形の呈示は、正当な権利者によつてなされた場合に適法とされるのであるから、裏書の連続を欠く手形の所持人による呈示であつても、その所持人が実質的な権利者である限り、これをもつて適法な呈示とみるのが相当であり、その点において白地手形の呈示の場合と趣を異にするものといわなければならない。もつとも、裏書の連続のある手形の所持人は適法な所持人と推定されるのに対し、裏書の連続の欠けた手形の所持人についてはこのような推定は認められないため、所持人は実質的権利を証明しない限り手形上の権利を行使することができず、手形債務者も裏書の連続の欠缺を理由にその履行を拒むことができるから、たとえ実質上の権利者であつても、その権利を証明しないで裏書の連続を欠く手形を呈示し、かつ、手形債務者が裏書の連続の欠缺を理由に支払を拒絶したような場合には、その呈示をもつて適法な呈示と認めて遡求権を保全するに足るものとすることはできないといわざるをえない。けだし、手形の裏書人は、手形の所持人に対し、約束手形の振出人・為替手形の引受人と合同してその責に任ずるものとされているけれども、手形法一五条一項所定のいわゆる裏書の担保的効力・裏書人の担保責任は、手形の流通保護のため法によつて特に認められた法定責任で、実質上は、手形上の主たる債務者である約束手形の振出人・為替手形の引受人の保証人におけると同様の第二次的責任とみるべきものであり、法が裏書人に対する遡求権保全のために、手形債務者に対する適法な呈示を要求しているのも、手形所持人をしてまず、主たる手形債務者である振出人・引受人に対して確実にその履行を請求させ、それが功を奏しなかつた場合にはじめて実質上の第二次的義務者である裏書人の責任を追求することができるものとする趣旨からであると解するのが相当であつて、そのような趣旨からすれば、主たる手形債務者において正当に覆行を拒むことができるような不完全な支払呈示がなされ、かつ、債務者がそれを理由に支払を拒絶したような場合には、かかる支払呈示をもつて遡求権を保全するに足る適法な呈示とみることはできないからである。ところで、<証拠>によれば、被控訴人は本件手形の受取人である前記訴外昭和商事こと古川健治から白地式裏書ある右手形の交付を受けてその権利を取得した者であつて、形式的資格には欠けるものの、本件手形の実質上の権利者であることが認められるとともに、本件手形の呈示はその証明なしになされたものではあるけれども、振出人溝口徹の支払担当者である株式会社富士銀行塚口支店においては、本件手形の裏書の連続が欠けているとの理由からではなくて、和議法による保全処分が発せられていることを理由にその支払を拒絶したことが認められるから、右の呈示もまた、遡求権を保全するに足る適法なものとみるのが相当である。

三そうすると、被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(唐松寛 藤原弘道 平手勇治)

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